そらあみ ― 浦戸諸島 ―


「そらあみ」は、アーティスト・五十嵐靖晃が各地の海辺などで地元の人と漁網を編み、
空に掲げるプロジェクト。

2013 年8月10日(土)~31日(土)、TANeFUNeカフェの一環としてワークショップを開催、
浦戸諸島の人たちと2枚の漁網を編み上げ、完成した網を桂島と朴島で展示しました。
完成した「そらあみ」は、TANeFUNeにかける「種衣」として次の航海へ旅立ちます。

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「そらあみ」はカラフルな糸を使って漁網を編むワークショップを行い、
空に掲げるという共同制作作品です。
これまで、京都府舞鶴市の赤煉瓦倉庫広場、岩手県釜石市の仮設住宅、
三宅島の漁港、浅草の浅草神社、瀬戸内の塩飽諸島、六本木ヒルズ、
愛知大学の豊橋キャンパスと全国各地で展開してきました。
8カ所目となった今回は、海苔の養殖等で普段から網に親しみ深い島のみなさんや、
定期船で塩釜などの内地からやってくる参加者の方々と共に、
船着き場や桟橋を舞台に高さ4.5 m×幅18mの網を編み上げ、
桂島の休憩所前の仮設電柱間の空(9月1日〜8日)と、
朴島の牡蠣棚の海の上の空(9月10日〜15日)に、
それぞれ1週間程度、計2週間ほど展示しました。
東日本大震災後、島に色が無くなったという島民の声もあり、
今回使用した5色の糸は、仙台白菜の種の産地として知られる
浦戸諸島に縁の深い菜の花の色をモチーフにしました。

「そらあみ」では、“網を編む”という古来から水辺で営まれてきた
行為を通じて参加者同士の交流を図りながら、みんなで編んだ漁網が空に
向かって立ち上がる風景を一時的に出現させることにより、普段見慣れた
風景をもう一度見直してもらう契機を生むことを目的としています。
今回最も重要視したのは、塩釜や松島といった松島湾岸に暮らす人が、
浦戸諸島に足を運び、共に編むことで、島の人と出会い、そこに流れる
時間に触れ、出来上がった網越しに自らの土地を見つめ直すきっかけに
してもらいたいという部分でした。それは一言で言うと「海からの視点」
を持つということです。
浦戸諸島は太平洋を背にして、塩釜湾から松島湾にかけての大きな1
つの湾に蓋をするような位置にあります。故に東日本大震災の津波の際、
自然の防波堤の役割を果たし、津波被害を和らげたと言われています。
その分、島まるごと津波に飲み込まれた浦戸諸島の被害は甚大でしたが、
命を失った方はほとんどいなかったそうです。こういった出来事は遥か
昔から浦戸諸島に生きる者にとっての宿命で、海を見つめ、その恵みと
災害と共に生きていくための叡智を代々受け継いできた賜物であり、そ
のことを誇らしげに語る島の方の姿もありました。

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今回の「そらあみ」は“網を編む”という行為によって開かれた場での単なる体験
や交流のみならず、船での通勤通学、海苔や牡蠣の養殖といった群島ならではの暮ら
しの中から見えてくる海との関係や、「島に生きる感覚」といったものに、それぞれが
自らの身体を通して出会う機会となりました。
そこにあったものは、東日本大震災後の今だからこそ、島から学び未来へ繋ぐべ
き、この湾を守り生きる人々の誇りであり、この海ならではの「海からの視点」だった
のだと思います。
また、今回の滞在活動全体から感じたことは、この土地の方々は2011 年3月
11日のあの日から2年半、走り続け、頑張り続けてきたということ、少し一休みしたい
くらいにいろんなことがあり過ぎたということでした。死と向き合い、外部からの様々
な援助や意見を受け入れ、出会いと別れを繰り返し続けてきたことによる、ある種の
慣れからくる心労の蓄積のようなものを感じました。我々との出会いに対しても、“ま
たいずれいなくなる人と向き合うこと”との距離を測っているようでした。

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5週間に及ぶ滞在活動の中で一人一人と丁寧に向き合ってみて、
こういった状況に対して“どこでもないどこか”“空白の場所”のような
“場”を、ささやかにもつくり出すことが、
今のこの土地ですべき外来者の仕事として最も重要だったのだと振り返ります。

五十嵐靖晃

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