TANeFUNeからのメッセージ


2010年、京都・舞鶴の赤煉瓦倉庫群(舞鶴赤れんがパーク)の芝生広場に、
ダンボールと木材で作られた大きな模型船「舞鶴丸」が登場しました。
丸いフォルムをしたこの船の模型がきっかけとなり、たくさんの舞鶴市民がつながり、
今度はもっと多くの人々の手によって2011年から2012年にかけて
FRP(強化プラスチック)の模型船ではないリアルな船が造られました。

その名も「TANeFUNe」。

朝顔の種の形をしたこの船は、2012年5月19日の晴れた日に舞鶴港を出港しました。
日本海沿岸の港々の記憶を積み、81日間をかけて8月6日に新潟へと到着した後、
翌年3月には東京都港区六本木を経由して、5月には宮城県塩竈市、南三陸町へと進みました。

2013年12月に舞鶴で行われたTANeFUNe報告会では、
監修のアーティスト・日比野克彦により、16年後生まれ故郷の舞鶴へ帰るまで
TANeFUNeが日本列島をめぐる壮大なプロジェクト構想が発表されました。
TANeFUNeはこれからもその足跡を日本列島に刻み続けていきます。
16年かけて見えてくる景色とはいったいどんなものなのでしょうか?

 

***

 

いま私たちが生きている時代を考えてみると、
この100 年余の間に圧倒的な勢いで流れ込んで来た近代化が過渡期を迎えつつあるように思います。
さまざまな分野で同時多発的に起こった産業化・資本主義化の流れは、
私たちの生活のペースを急速に早め、合理的で利便性の高いものにしました。
しかし、その過程で、捨てざるを得なかった風習や考え、風景が数多くあります。

仮に、近代化の流れを支えてきたその原理を「陸の思考」とするなら、
「種は船」プロジェクトで合い言葉としてきた「海からの視点」、いうなれば「海の思考」は、
失われてきた風景や記憶をいま一度見つめ直す、流動的で柔軟性をもった思考の在り方です。

古来より水辺には陸からのカテゴリーには整理しきれない人々が居住する傾向があります。
陸から自分たちをみつめるのではなく、海からみつめること。
水辺にある生活の豊かさや厳しさを受入れ、自然条件と折り合いをつけていく手法を学び、
それを日々の生活に実践していくこと。TANeFUNeはその知の在り方を滞在先で蓄積し、
次の滞在先へと伝えていきます。

もちろん陸で生きる我々は「陸の思考」から逃れることはできません。
でも、TANeFUNeが追い求める「海の思考」が、
ゆっくりと、まるで夏の日の舞鶴湾の波のようにおだやかに岸壁にぶつかったとき、
不思議に心地よい「余白」が生まれます。

2013年の航海で船を見た人がつぶやいたようにTANeFUNeは「呑気な船」です。
自転車でゆっくり走るのと同じくらいの速度でしか動けません。
甲板と水面も近く、波が荒い日は出港もままならない上に、
平水区域(たとえば湾内)以外での航行には随伴船が必要です。
だからこそ「どこでもないどこか」、無所属の空間を生みだします。
人が人として、モノがモノとしてただそこに「在る」感覚。時代や所属とは関係なく、
そこからしか見えない景色があるはずです。

 

***

 

当たり前ですが、16年経つと、2012年に生まれた子供も16歳年をとります。
16歳は現行法上、小型船舶免許が取れる歳です。
小型船舶免許があれば、TANeFUNeの操縦が可能です。
そのときを、僕らはTANeFUNeの景色を次の世代へとつなぐ時と勝手に定めました。
16年かけて培われたTANeFUNeから見える景色こそが、
次の時代へ<世界>を引き継ぐための重要な鍵のように思えてならないのです。

 

TANeFUNe事務局

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