record_title

航海日誌No.21 「船中泊」


2012年6月8日

今、丹生港の“みつき丸”の船室にいる。今夜はここで寝かせてもらえることになった。
今夜は、生憎の風雨だが初のテント泊。
テントに対して、泊まる人が少し多かったので助かった。
みつき丸は、丹生港到着後、種船の横にテントとタープを貼り、地元の小中学生と、次の港に届ける宝箱の中身づくりをした後、夕食をとっていたら、
差し入れでお手製のイカの醤油漬けを持ってきてくれ、そのまま一緒に酒を酌み交わした、
旅館みつき屋のご主人“よもちゃん(屋号:与茂五郎)”の船である。

よもちゃんは

「旅館をしているのは人との出会いが好きやからや。だからこうして来るんや。いい奴かどうかは顔を見たら分かる」

「船は男のロマンや、やめられんぞ。5フィート病ちゅうてな、どんどん大きな船が欲しくなるんや、わしはこれで3隻目や」

「丹生の海から離れられん。この海からいろんなことを教わったで、海は怖いし、恵もくれるでな」

という。
更に、よもちゃんは

「うちの風呂に入れ、雨も風も強いし、なんなら泊まっていけ」

と言ってくれ、お言葉に甘えて、お風呂だけいただくことにしたら、それなら船に寝ていってもいいということになった。
しかも、よもちゃんは、明日の色浜港までの随伴船を出してくれる
“浜吉丸”の船長“はまちゃん”こと浜野さんとも仲良しで、電話で呼び出してくれ、
はまちゃんとも出港前夜に時間を過ごすことができた。

停泊している丹生港のすぐ目の前には美浜原発があり、夜は赤やオレンジや白のライトの光を放ち、その巨大な建造物は美しくも異様な存在感を示している。

当然、原発の話にもなった。

よもちゃんや、はまちゃんもそうだが、昔の丹生の子らは高校を卒業したら、学校に行ける奴以外は、
たいがいすぐに漁師や大工(ちなみに2人は大工でもあり、旅館もしている)になったそうだが、
今はみんな代わりに原発に勤めており、ここまで生活が依存したら、今更やめられても仕事が無くなって困るという。
敦賀半島には、美浜原発、もんじゅ、敦賀原発と原子力発電所が1つの半島に3つもあり、
原発が無かったらここは僻地で、原発の恩恵がなければ、こんなに発展していないという。
稼動停止になってから、美浜からは、関係者の食事や娯楽のなどなど、
閉店する所も多く、なんだかんだの影響で、約1万人が減り、経済力は落ちていっているそうだ。

日本海沿岸を海から見る自然の風景は美しい。
木々は繁茂し海に迫り出すようで、波風が幾万の時間をかけて削り出した岩壁には言葉を失う。
こんな風景が日本にあったのかと思う。
もっと、多くの人が知るべきだと思う。

そこにへばりつくように原発は建っている。

多くは半島の山かげに隠れるようで、陸からは見えづらいが、冷却水の関係で海からは丸見えである。
しかし、太平洋側とは違って、近代、裏日本と呼ばれ、開発されずにこの風景が残ったのは、
自然に手を入れる必要をなくすくらいの経済効果のあった原発のおかげとも言えるのかもしれない。

話を今朝に戻す。

随伴船“重田丸”の重田さんが朝の漁を終えるのを待って8:30に世久見港を出港。
出港直前に、筏に入れてある定置網で獲れた出荷前のハマチに餌やりをするのをお手伝いさせてもらった。
重田さんは

「せっかく来てくれたお客さんには旨い魚を食べてもらいたいからな」

と言う。重田さんは旅館もしている。
人を大事にし、頼れる男だ。
既に我々の間では“世久見のアニキ”と言えば重田さんを意味するようになっている。

最後に世久見について少しだけ話を聞かせてもらった。

世久見には現在20軒の旅館がある。
そのほとんどは漁師でもある。なので旅館では漁で獲れた新鮮な世久見の魚を食べることができる。
重田さんは41才。
若手が育っているのかと聞くと、20代から30代の漁師が10人ほどいるそうだ。
20軒の旅館に対して、若手が10人。
これからの世久見が楽しみである。
当然、重田さんは彼らのアニキ的存在であり、漁の仕方から何から教えてあげているそうだ。

重田さん:
「あいつら仕事の覚えが悪いんだけどね。笑」

その笑顔には世久見への愛情を感じた。

重田丸に船頭してもらい、種船は丹生港を目指す。
定置網を縫うように避けながら、常神埼と御神島の間を抜け距離を稼ぐ、
常神埼をかわして、針路を東北東にとってまっすぐいくと目的地の丹生なのだが、
南の風が強かったら、沖の方は風が強くなる。
危険を避けるため、美浜湾の沿岸を航行するようにアニキには言われていた。
ところが、運の良いことに、常神をかわしても風は穏やかで、まっすぐ丹生港へ向かうことができた。
途中、美浜湾の真ん中辺りで、風が強くなった。
アニキの言うことは本当で、岸から一番離れた場所が一番風が強かった。

丹生ノ浦に入ると、美浜原発がどーんと見えてくる。
原発と国道を結ぶ、丹生大橋の下を通って、丹生港に入港。
常神埼と丹生港を直線で航行できたため、2時間の航海で到着することができた。

重田のアニキとの別れの時が来た。

“世久見の重田”

この名前で若狭の海の後半の航海の随伴船をつないでもらった。
心から感謝している。
この名を忘れることはないだろう。
アニキは

「航海を終え、また、世久見に来い。しかも俺が暇な時な。冬がいい」

と約束を交わした。そして最後に船の縁から

「海は、冗談抜きでな。人が死ぬでな」

と、、、。アニキの眼差しから大切なことを受け取った。

明日は、8時出港で丹生港から敦賀半島を廻って、色浜港に航海予定だが、風と雨がかなり強くなってきた。

天候の回復を祈るのみ。

船室で若狭の波の揺れに身を任せて眠る。

 

(テキスト:五十嵐靖晃)

記録

日時 6月8日(金)23:00 天気 曇り
現在地 丹生港 最高気温 23.0℃
緯度 35°42′652N 最低気温 20.5℃
経度 135°58′279E 湿度 64%
進行 第5航海 風向 東南東
航海航路 世久見港→丹生港 風速 5m/s
気圧 1007.7hPa
航行距離 14.6海里(27km) 波高 0.5m後1m
航行時速 7.0kt(13km/h) 降水量 0.0mm
出港時間 8:30 日の出 4:43
入港時間 10:30 日の入り 19:13
航海時間 2時間 満潮潮位 (6:37)24cm (16:37)32cm
船長 五十嵐 干潮潮位 (10:56)21cm (**:**)**cm
船員 日比野 喜多 随伴船 重田丸(重田)