record_title

航海日誌No.69 「新潟入り」


2012年7月26日

昨夜、富山県最後の夜は、夢創塾をやっている長崎さんのところでお世話になった。
夢創塾を言葉で説明すると、自然の循環を体感できる手作りの施設と言ったら良いだろうか。
それは、港から10kmほど離れた山中にある。
真ん中に囲炉裏のある木の小屋やツリーハウス、大きなブランコに丸太のシーソー、薪で沸かす五右衛門風呂などがあり、
炭焼きや塩づくり体験などを通して、自然の循環の本質を体感できる場所である。

そして何より、夢創塾をしている長崎さんが面白い。
真っすぐで、優しく、豪快で、蛭谷語(びるだんご)という富山弁の1つの独特の言い回しで、
自らの経験を言葉にかえて、話をする。
だから言葉に力があり、とても面白い。そんな人だ。

夢創塾のはじまり方が、また面白い。元々は県庁に務めており、引退する前の50歳の頃、
第二の人生をゼンマイなどの山菜を採って、それを売ったりして、仲間とゆっくり暮らそうと、今の夢創塾の場所に囲炉裏のある小屋をつくった。
まずそこで、仲間で集まって一杯やろうと、囲炉裏に火を入れたら、薪が煙くて小屋にいられなかった。
だから翌年、炭焼き窯をつくった。
そしたら、学校の先生が子供達に体験させてやりたいと、通うようになり、徐々にその噂は広がり、
幼稚園や学校や老人施設など、いろんな団体が訪ねてくるようになった。
それに答えようと、毎年、1つ何かをつくり足していき、今の夢創塾になった。

そして、炭焼きの技術も地元のお爺さん達に習ったり、自ら研究したりして、成長し、
今では、インドネシアのバリの山間民族に炭焼きを教えに行ったりもしている。
その時も全て、ここ朝日町の地元の言葉“蛭谷語(びるだんご)”で話す。
でもそれが一番現地の人が喜ぶそうである。通訳はいつも大変そうだと笑っていた。

更に、研究を重ねた炭焼きの技術に驚いた。
「花炭(はなずみ)」という、植物をそのままの状態で炭にする技術が、かつての日本にはあった。
その花炭を伊達政宗が愛し、茶の席で、花の無い時期に、花の代わりとして花炭を使用したそうだ。
なので、長崎さんの話では、文献によると伊達藩には技術があったのだが、口伝で伝えられていたため、
その技術は一度、途絶えてしまった。
そのことを知った、長崎さんが独自の方法でいろいろ実験と失敗を重ね、約100年ぶりにその技術を復活させたというのだ。
見せてもらった花炭は不思議なもので、麦が炭になっているのだが、つまんで揺するとしなるのである。
普通、炭だったら、炭化しているわけだからパキッと折れるはずである、それなのに、弾力があるのである。
これはすごい。初めて見た。
他にも、栗や稲穂の花炭も見せてもらった。更には蜘蛛の巣なんかも炭にできるそうだ。

そして、長崎さんからは、TANeFUNeに乗せる宝物として、宮崎の海でつくった塩を預かった。
山のミネラルが川を通して海に出て、その海水からつくった塩。
海のミネラル成分を分析すると、その種類とバランスは山のものと一致するそうだ。
水を介したミネラルの循環を感じることのできる塩である。

その塩を積み込んで、今朝8時に宮崎漁港を出港。
朝早くにも関わらず、たくさんの人が見送りにきてくれた。感謝である。
洋一丸の水島さんに随伴してもらい、能生港へ向かう。
TANeFUNeも富山県から、いよいよこの航海最後の県である新潟県へと突入。
暗礁と定置網を気にしつつ、無事に姫川港に入港した。
そこには、姫川港の事務長である笠原さんが待っていてくれた。

明日の姫川港から能生港までの随伴船が決まっていなかったのだが、
笠原さんが豊栄丸の船長である金子さんと話をつけてくれており、予定通り、
明日、能生港に向けて8時に出港できることになった。

(テキスト:五十嵐靖晃)

記録

日時 7月26日(木)21:00 天気 晴れ
現在地 姫川漁港 最高気温 32.9℃
緯度 37°02′580N 最低気温 23.9℃
経度 137°50′545E 湿度 79%
進行 第25航海 風向 西
航海航路 宮崎漁港→姫川漁港 風速 3m/s
気圧 1011.7hPa
航行距離 15.1海里(28km) 波高 0.5m
航行時速 7.0kt(13km/h) 降水量 0.0mm
出港時間 8:20 日の出 4:52
入港時間 10:20 日の入り 19:03
航海時間 2.1時間 満潮潮位 (7:17)45cm (20:41)40cm
船長 五十嵐 干潮潮位 (0:58)32cm (14:25)28cm
船員 喜多 随伴船 洋一丸(水島)