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航海日誌No.30 「雄島詣」 


2012年6月17日

大湊神社で朝を迎える。
梅雨前線の影響なくなり、風も弱くなった。
航海計画では明日、次なる港である橋立に向けて出港予定なのだが、随伴船が決まっていない。
ここから橋立まで行ければ、橋立→安宅→金沢までの港と随伴船の交渉はできている。
そんな時に限って、橋立までの随伴船が、なぜか見つからない。
原因は福井と石川の県境であることで、船の関係者は今までよりも、より隣の港に縁遠く、行きたがらないことと、
北陸で有名な釣りポイントである“ゲンタツ瀬”の解禁が6月16日の昨日だったのだが、
天候が悪く皆、遊漁船(釣り船)が海に出られなかったことにある。
ちなみに、ゲンタツ瀬は、漁師さんなら一年中魚を獲っても良いが、
遊漁船での釣りは2ヶ月間のみと決まっており、大阪、愛知、岐阜などの釣り好きは
一年前からこの解禁日を楽しみに予約しており、
どの遊漁船もこの時期は予約でいっぱいなのである。

とはいえ、三国で随伴船探しをして3日が過ぎた。
知り合った、様々な方も随伴船探しをしてくれている。
一隻くらい見つかってもおかしくない。それでも見つからない。

これはもう、神頼みするしかない。

しかも、大湊神社に泊めていただいているにも関わらず、
まだ、ちゃんと雄島の神様にご挨拶に行っていないから、随伴船が見つからないのだ。

そう思うことにした。
ということで、朝、大湊神社でお会いした、松村宮司の息子さんで
大湊神社の禰宜である典尚さんに種船に乗ってもらい、九頭竜川河口の停泊場所から、
すぐ近くの安島港まで種船を移動し、雄島詣をさせてもらうことにした。

昨日の風の影響で九頭竜川河口に波が立っており、正直少し焦ったが、
船長が焦ると乗組員も動揺すると思い、なにくわぬ顔で切り抜ける。
途中、東尋坊があるので近くで下から眺めることも考えていたが、
まだ波の状況がよろしくなかったので、計画を変更。
遠くから眺め通過した。週末だったので東尋坊に来ている観光客も多かった。
しかし、岩山にたくさんの人が集まっている風景は、海から見ると、とても奇妙なものであった。

相変わらず波はそれなりに高い。
針路を雄島に向けると、雄島の入口にある白い鳥居だけが浮かび上がって見える。
雄島の島影に入れば波は穏やかになる。
早くあの島影に、早くあの島影に、そう思ってひたすらに白い鳥居を目指した。
島影に入って、ほっとして雄島を見上げると、
東尋坊と同じ柱状摂理の岩壁の上にこんもりと森が繁り、その中腹に紅い鳥居があった。
緑の森に紅い鳥居、鳥居の中は森の影になっており黒く抜けている、
まるで島がぽっかりと口を開けているように見えた。

安島港に種船を係留し、松村禰宜さんに案内してもらい雄島詣。
雄島の口に見えた紅い鳥居の正面が御本殿であった。
御本殿をお参りし、紅い鳥居から外を見ると、海のむこうに東尋坊と三国の町が見えた。
三国の港を出るとすぐに雄島が見える。
きっと三国の港から出港した船乗り達はこの雄島に航海安全と豊漁を願って海に出ていったのだろう。

島を左まわりで一周して雄島詣を終えた。
現在、雄島には安島港側から紅い橋が架かっており、皆その橋を渡って雄島に行く。
この橋は昭和12年にできた橋である。
島へ渡るのに便利な橋ではあるのだが、個人的にはない方がよいと思う。
昨夜、宮司さんに戦前の雄島の白黒写真を見せてもらった。
安島側から雄島を撮った写真で、そこに橋はなく、海と島と鳥居だけが映った、
とても美しく貴重な写真だった。
橋ができる以前は船でしか渡れなかったそうだ。
そこに簡単に行けないから想いが募るのである。

雄島詣を終え、随伴船の交渉に三国漁協へ、
組合長さんに話をさせてもらったが、すぐに随伴船が見つかるわけではなかった。
もう交渉先はない。
明日の出港は無理かもしれないと諦めかけた頃、随伴船がみつかったという連絡があった。
結果的には理想とする予定通りに出港することができることとなった。
繋いでくれた、三國湊座の井圡さんと、源ちゃんと、小針さんに、
そして雄島の神様に感謝である。

今夜も大湊神社に泊めさせていただいた。
一緒に船に乗り、雄島を案内してくれた典尚さんから、枚の旗をいただいた。
その旗は三国の漁師が安全航行と豊漁を願って大湊神社に授かりにくるもので、1大湊神社が祀る三保大明神の三の字と矢羽根がデザインされている。
大湊神社の紋は矢羽根が菱形に構成されたものである。
夜、典尚さんから、雄島の昔話に“モックリコックリ”というお話があることを聞いた。
昔、モックリコックリという化け物が雄島を襲った時、
雄島の神様が雄島中の竹を矢にして弓を射ったが、モックリコックリには効かなかった。
その時、1本の鏑矢が天から降りてきて、その矢を放つと、1本の矢が数千本の矢に変わり、
モックリコックリを退治することができたそうだ。

だから大湊神社の紋は矢羽根であるとは、おっしゃっていなかったが、自分はそんな気がする。
しかも雄島は航空写真で上から見ると菱形をしているのだ。
ちなみにモックリコックリの正体は蒙古と高句麗なのではないかという話もある。
外からの脅威のイメージを化け物にしたというのはなんとなくしっくりくる。
しかし、昔話も歴史も時の権力者や時代が書き換えるものである。
本当のことは誰にも分からない。
その時代を生きていない限り真実を知ることは不可能である。
なので、真実をめぐる物語は無数にあってよいのだと思う。

種の形をした船の航海も昔話として語り継がれる未来があってもよいのである。

明日は安島港を出港し、橋立港で給油し、随伴船を引き継ぎ、安宅港まで一気に航海予定。

(テキスト:五十嵐靖晃)

記録

日時 6月17日(日)20:00 天気 くもり
現在地 安島港 最高気温 22.3℃
緯度 36°14′896N 最低気温 19.8℃
経度 136°07′418E 湿度 825
進行 第11航海 風向 西北西
航海航路 福井港(九頭竜川河口)→安島港 風速 3m/s
気圧 1005.9hPa
航行距離 2.7海里(5km) 波高 1.0m後0.5m
航行時速 7.0kt(13km/h) 降水量 0.0mm
出港時間 11:30 日の出 4:38
入港時間 12:00 日の入り 19:14
航海時間 0.5時間 満潮潮位 (11:55)31cm (**:**)**cm
船長 五十嵐 干潮潮位 (**:**)**cm (20:03)9cm
船員 松村 喜多 山田 豊平 随伴船 なし

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