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航海日誌No.29 「神様は鯨に乗ってやってくる」 


2012年6月16日

地元の船乗り達の言うことは正しい。

「週末は風が吹くから、月曜まで海へは出られないよ」

そう言われた通り、日本列島に停滞している梅雨前線の影響で、1日中強い風雨であった。

今回の航海の全行程を考えると、のんびりした種船の航行に対して、スケジュールはタイトである。
天候が良い時はできる限り距離を稼いでおきたい。
なので、悪天候で航海に出られない今のような時にこそ、オイル交換など船体メンテナンス作業を行えれば、都合が良い。

福井港外は強風で波が高いが、港内である九頭竜川河口の波は穏やかである。
昨日交わした、九頭竜川マリーナと大木電業社との約束の時間である8時に九頭竜川マリーナに種船を移動。
マリーナスタッフに迎えられ、指定された場所に船を停める。
水面下には種船用に平たく加工を加えた船台車がセットされており
、前後左右のバランスを見ながら、船台車の中央にくるように種船の位置を微調整し、

スタッフ:
「はい!ここで!」

「あげろ!」

のかけ声と共に、スイッチオン。
スロープに敷かれたレールに沿って、水面下から台車が現れた。
みごとに船台車の中央に種船が乗っかり、陸上へと浮かんできた。上架成功である。

船に乗ったまま、陸に上がると、なんとも変な感覚になる。
船が陸では動かないのは当然なのだが、係留中も小さな波が来る度に、あれだけひっきりなく揺れていた存在が、
悲しいくらいにまったく微動だにせず、陸に打ち上げられた“鯨(くじら)”の気分である。
早く海へ戻してやりたい気持になる。
そのままフォークリフトに引かれて作業スペースで移動。
上架が上手くいった旨を大木電業社に伝えると、すぐに駆けつけてきてくれ、
エンジンオイル、ギアオイル、オイルフィルターの交換を、あっという間にしてくれた。
オイル関係の次回の交換時期は積算航行時間が300時間になってから、
ちなみに500時間になったら、インンペラ(冷却水の吸入部品)の交換を行う。
その頃には、間違いなく新潟に到着しているから、今回の交換で、新潟までトラブルが無い限り種船を陸揚げする必要はなくなった。

せっかく上架しているので、みんなで種船を磨くことにした。
デッキ、船底、ロープなどの汚れを落とす。
フェンダーという緩衝物を付けていても、係留中に風に押されて岸と擦れ、
ペンキで書いた文字が部分的に剥がれていたり、船底にフジツボや貝の赤ちゃんが付いていたり、よく見るとあちこちに小さな傷があったり、
ここまで航海を続けてきたという事実を証明する、目に見える形跡に逞しくなった種船を感じた。

手の届く範囲を手分けしてゴシゴシと磨く。

「ここまでよく頑張ったなぁ」

と、思わず話かける。
誰かが

「よしよし、ここも磨いておくからな」

と話かける。種船は気持良さそうに、じっとしていた。
午前中で作業が終了したので、みんなに磨いてもらって、すっきりした様子の種船を海に下ろして、停泊場所まで戻した。
出港準備は万端。あとは三国から橋立までの随伴船さえ見つかれば完璧なのだが、今日も吉報はどこからも届かなかった。

今夜の宿は、三国から東尋坊を通って5kmほど先の雄島を信仰の対象とする大湊神社の神主さんのお家に泊めていただけることになった。
地名でいうと安島という土地になる。
元福井市美術館の館長でもある大湊神社の宮司、松村さんはとても魅力的な人で、
白髪に白い髭、黒淵の眼鏡には左右に一つずつターコイズが付いており、普段から和服しか着ない。
大事な会議にネクタイで出席するように言われたので、ネクタイの形に紙を切って付けていったのだが、
季節が夏で扇風機に煽られて紙ネクタイが浮いて、顔にかかってしまって困った。
と笑いながら話す。
この書き方だけだと、ただの変わり者のように捉えられてしまうかもしれないが、
会話を通して、知識も深く見識も広く、現代の常識にとらわれることなく、物事の真実を見つめている方であることが伝わってくる。

当然、その方の家も魅力的で、囲炉裏があり、茶室があり、
立体や平面の美術作品から、古美術品まで、独特の世界観が広がった空間に滞在させてもらった。
夜は囲炉裏を囲んで酒を酌み交わし、様々な興味深い話を聞かせてもらった。

大湊神社には1200年以上の歴史があり、松村家が代々つないできて、今はだいたい50代目くらいになる。
4代前の江戸時代までの歴代宮司さんの写真や、当時その方が書いた書物などを見せてくれ、そこには図式入の定置網の方法など、
海にまつわる暮らしについても書かれており、松村家が安島の人々と、海と共に生きてきたことがよく分かった。
今の宮司さんも80才近い年齢だが、今も海に潜って魚を銛で突いたり、釣りをしたりしており、
身体経験を通して、雄島の海の恵と怖さを、語ってくれた。
海は神様と一緒で恵と怖さと両方がある。
日本人にとっての神様であり、自然は“善と悪”“恵と恐れ”その両方を併せ持っており、それは“人のものではない”と言っていた。
10年に一度、雄島で人形浄瑠璃をするのだが、それも“島のためにしている”と言っていた。

島そのものが信仰の対象なのだが、雄島に対する信仰のはじまりについて聞いてみた。
その話もおもしろかった。

雄島の神様は海のむこうからやってきた。
神様は雄島に渡るのに、最初に“波”に乗せてくれと頼んだが、“波”には断られ、
次に鯨(くじら)に乗せてくれと頼んだら、鯨は乗せてくれたので、どうにか雄島までやってくることができたそうだ。
だから、大湊神社の神主さんは鯨肉を食べてはいけないという言い伝えがある。

どこから来たのかと聞くと、その土地の名は“ゲラ”という土地で、それは百済(くだら)を意味し、今の朝鮮半島のことである。
今日までの寄港先で出会った物語と同様、
日本のルーツは日本海側にあり、そのはじまりは海のむこうからであることに、どうやら間違いはなさそうである。
この航海は日本のはじまりを、海際に沿って辿る移動でもある。

今日、上架され、打ち上げられた鯨のように微動だにしない種船を磨いて海に返した。
雄島の神様は鯨に乗ってやってきたわけだが、その鯨は船を意味するように思える。
船はモノやコト、想いを乗せ、更には神様も乗せて、海のむこうからやってくる。
種船は何を乗せて各港にやってくるのだろうか。
港に何を残すのだろうか。

種船は宝箱を積んでいる。
その中身は港でつくられたオブジェや絵である。
それは、出会った人と人との関係性であり、出会いの結晶である。
これからの時代に対する“宝”とは何を意味するのだろうか。

いつの時代も、船は宝を運んでくる。モノやコトや神様、何を宝とするかはその時代に生きる人が決める。
そう考えると本質的な意味での“船の役割”は永遠に変わらないのかもしれない。
海に囲まれた島や大陸に生きる人間にとって、船とはいつの時代も新たな価値を運んでくる存在である。

明日は、福井港から雄島の付け根にある安島港へ航海予定。

 

(テキスト:五十嵐靖晃)

記録

日時 6月16日(土)22:00 天気 弱雨
現在地 福井港(九頭竜川河口) 最高気温 23.4℃
緯度 36°12′792N 最低気温 19.4℃
経度 136°08′887E 湿度 82%
進行 上架(オイル交換) 風向 南南東
航海航路 停泊中 風速 11m/s
気圧 1006.6hPa
航行距離 0.0海里(0km) 波高 1.5m
航行時速 0.0kt(0km/h) 降水量 2.0mm
出港時間 停泊中 日の出 4:38
入港時間 停泊中 日の入り 19:14
航海時間 0時間 満潮潮位 (11:21)29cm (**:**)**cm
船長 五十嵐 干潮潮位 (**:**)**cm (19:29)10cm
船員 日比野 喜多 細川兄弟 随伴船 なし

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